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    <title>山本の毎日が実践！</title>
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    <updated>2008-03-30T04:12:52Z</updated>
    <subtitle>倒産・夜逃げから奇跡の脱出社長１人で年商２億!!　〜その非常識な成功法則とは？〜</subtitle>
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    <title>今の自分にできること。</title>
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    <published>2008-03-30T04:09:26Z</published>
    <updated>2008-03-30T04:12:52Z</updated>
    
    <summary>「3年後の自分のために、今何ができるのだろう？」 と考えたことはありませんか。 ...</summary>
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        「3年後の自分のために、今何ができるのだろう？」
と考えたことはありませんか。

人は夢があり、それを達成したときの「ご褒美」が
あるとなるとがむしゃらになれます。

「夢」という言葉を使うと実現不可能なニュアンスも含まれるので、
最初から諦める人もいますが、「夢」のないところに、
「可能性」や「ご褒美」はないのです。

何をやってもうまくいかない時があると思えば、
何もかもがうまく行きすぎて不安になる時もある。
どちらにしても不満が出てしまうのは何故だろう？

お金持ちの方がいいし、物事が思い通りになる方がいいし、
夢は叶えられ望むものがすぐに与えられた方が幸せって思うのに、
それを願う自分がどこか空しくなってしまうのは何故だろう？

多分そこには“闘い”というものがないからだと思う。
人が自らすすんで行動するということは、
そこに“志”や“情熱”というものがあるから。

情熱とは“怒り”…生命が危険にさらされても
恐怖に立ち向う純粋な憤り。
だから情熱がないと不安に身がすくみ妥協し闘う意志がなくなる。

ケンカはよくないと大人は言う、
でも情熱が傾けられる場所はいつもケンカなのです。
相手を否定し消滅させる寛容のない暴力とは違う、
パンパンと相手とぶつけ合う自分の魂。

闘いを避けると当たり前のことが当り前に出来なくなる。
だから幸福が当り前に感じれなくなる。
そして、自分をぶつけるものがなくなれば、
もやもやとした不満を溜めて歯切れ悪く心は歪む。

世の中がつまらないのは、自分がつまらないから。
楽しさを望むなら、闘わなくてはならない。

もしかすると、闘うことは、
それはゴールのないマラソンを強いられるようなもので、
どこまで行っても到達しないのです。
だから「たら・れば」と言い訳ばかりで
諦めてしまう場合が殆どでしょう。

「こんなことを続けていていったい何になるというのだろう？」
と夢を忘れて考えることがありますが、
自分の心にはいつも「何にでもなる」と念じるようにしています。

実際、何かを経験していると、
後になってまったく分野の違う場合でも
それが生かされる場合が必ずあります。

なんでもいいから経験するという考えよりは、
どんな経験をしたとしても最終到達点である「夢」に
行きつくと考えられれば、それこそが「才能」だと思います。
        
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    <title>続けることこそ、本当の才能。</title>
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    <published>2008-03-11T06:24:36Z</published>
    <updated>2008-03-11T06:26:22Z</updated>
    
    <summary>山本です。 知りすぎて超えられない壁がある。　 知らないからこそ超えられる壁もあ...</summary>
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        山本です。

知りすぎて超えられない壁がある。　
知らないからこそ超えられる壁もある。
でも、知り過ぎた壁をもし越えることができたとしたら、
それが独創を生み出します。

不思議なことに、一人の人間の失敗には限りがあるのに、
成功には限りがありません。

だから、最後まで失敗してしまえば、弾を撃ち尽くした拳銃のように
安全なのかもしれない。
失敗はとても具体的なのに、成功はとても抽象的なので、
目に見えるものより見えないものの方に価値をおけば、
空想や想像の力を借りて穴埋めをすることができます。

生きることは知ることで、知ることは生きる歓びなのだと誰かが言う。
何かを期待して待ち焦がれることも愉しみの半分。
期待しても思い通りにならないかもしれない、
でも待ち焦がれる愉しさは誰にも止めることができない。

何もかも知っていたらワクワクしないし、「想像の余地」がないと、
面白いことを見つける歓びを感じることは難しい。

何かに努力し続けることは、想像する余裕さを失ってしまえば
ただの徒労に終わる。

あらゆる才能はそれを行う能力よりも、
気持ちを持続させる「覚悟」によって、初めて活かされるもので、
何かを犠牲にしたり失ったりする恐怖が目の前に“壁”として
見えたとしてもそれを呑み込む必要があると思うのです。

物事は愉しもうと思えば、どんな時でも愉しめるもの…
もちろん「愉しもう！」とダイヤモンドよりも固く意志を
決めなければなりません。

もしそれができたとしたら、あらゆる才能は芽を出さずには
いられなくなるはずです。

「続ける才能」は、能力に対する自信よりも、“能力に挑む心”によって、
可能性という目に見えない世界を創りあげていくようです。

        
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    <title>ＣＨＡＮＣＥはＣＨＥＮＧＥの中にある。</title>
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    <published>2008-02-19T04:23:39Z</published>
    <updated>2008-02-19T04:54:21Z</updated>
    
    <summary>山本です。 ＣＨＡＮＣＥはＣＨＥＮＧＥの中にある。 ごく当たり前のことですが、変...</summary>
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        山本です。

ＣＨＡＮＣＥはＣＨＥＮＧＥの中にある。

ごく当たり前のことですが、変わろうと思わなければ、
あるいは、行動に起こさなければ、変わることはできない。

自分に変革の意識を持つことが絶対に成功への必須条件。

意識を持ったら、周りの空気さえ変わり始める。

行動を起こせば、不思議なことにいくつものチャンスが生まれる。

もっと不思議なことは、行動を起こせばいろいろな幸運が訪れる。
今までになんでこんなチャンスが巡って来なかったの？
と、思えるくらいの偶然とは思えない出来事が起こるようになる。
(もっとも加速を続けるとトラブルも増えますが。まぁこれもギフトです。)

つまり、どのような好機も変わろうとしなければ現れないし、
行動を起こしてそれを体感できるということだ。

その中で一番大事なことは何かというと、
モチベーションの維持だと感じる。

たとえば、何かの感動物語の実話をテレビで見たとしよう。
その感動に涙を流す人も多いだろう。
では、その感動をいつまで覚えていることができるだろう？

あるいは幼い頃、学校の成績が悪くて、親や先生に怒られ、
そのときは『よし、今に見ていろ。』と感じてやる気を出す。
しかし、その思いは長続きしない。

このように、何よりも重要なのは、行動の持続力ではなく、
『気持ちの持続』だと思う。

いかにモチベーションを維持し続けることが難しいか。
それさえ維持できれば、必ず人は行動する。

わたしは、モチベーションの持続のために二つのことを実践している。

ひとつは有言実行。

人に高らかに宣言する。
『いつまでに○○をやり遂げる。』と。

それともうひとつは、目標を書くことだ。
『いつまでに○○をやり遂げる。』と。

それはより具体的な数字にしてみたり、
達成のためのタイムスケジュールまで
宣言したり、書いたりしている。

つまり、

○○を実現するためには、いついつまで、
○○の状態になっている。

そして、このステップを実現するために、
もっと低いステップを設定するようにしている。

モチベーションとは必ず薄れていくものだし、
いずれ忘れてしまうこともある。

だからこそ宣言するのだ。

ＣＨＡＮＣＥはＣＨＥＮＧＥしなければ得れないのだから。




        
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    <title>「未来」を知るためには？</title>
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    <published>2008-01-31T03:53:09Z</published>
    <updated>2008-01-31T03:55:29Z</updated>
    
    <summary>山本です。 病気になることを恐れて健康になることはできません。 負けることを恐れ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.1wako.com/blog/">
        山本です。

病気になることを恐れて健康になることはできません。
負けることを恐れて勝つことはできません。
貧乏になることを恐れて金持ちになることはできません。

苦労することを恐れて努力が実ることはありません。
絶望を恐れて希望を持つことはできません。
妬まれることを恐れて行動することはできません。

裏切りを恐れて信頼を得ることはできません。
不安になることを恐れて安心することはありません。
死ぬことを恐れて生きることはできません。
不幸になることを恐れて幸せになることはできません。
恐れを恐れて勇気を持つことはできません。

by　本田宗一郎

人の不幸は、病気でも老いでも死でも貧乏でもありません。
全ては「恐れ」を抱いてしまうことにあると思います。

不幸の正体とはつまり、「恐怖」に他ならない

それならば、「恐れ」なければ幸せになるはずです。
しかし、誰もがこの「恐れ」を持ってしまうのは何故か？

それは「無知」であるからだと思います。
知らないから、何が起こるかわからないから「恐い」。
何がわからないのか？…それは「未来」。

では「未来」を知るためにはどうすればいいか？
過去現在の因果関係を良くすることです。

1. 未来に起こることを全て受け入れる覚悟を持つこと
2. 未来を自分で決定してしまうこと
3. 未来のために今日一日を楽しく過ごすこと

これらを行うことができれば、恐れなくなり、
人生が楽しくなるはずです。

そう、「なんとかなる」「きっとよくなる」
この気持ちを持つか持たないか、それだけで夢や
希望が見えてきます。


「3年後の自分のために、今何ができるのだろう？」
と考えたことはありませんか。

人は夢があり、それを達成したときの「ご褒美」があるとなると、
がむしゃらになれます。

「夢」という言葉を使うと実現不可能なニュアンスも含まれるので、
最初から諦める人もいますが、「夢」のないところに「可能性」や
「ご褒美」はないのです。

それはゴールのないマラソンを強いられるようなもので、
どこまで行っても到達しないのです。
だから「たら・れば」と言い訳ばかりで、諦めてしまう場合が
殆どでしょう。

「こんなことを続けていていったい何になるというのだろう？」
と夢を忘れて考えることがありますが、自分の心にはいつも
「何にでもなる」と念じるようにしています。

        
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    <title>価値感の創造とは？</title>
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    <published>2008-01-22T10:20:19Z</published>
    <updated>2008-01-22T10:23:19Z</updated>
    
    <summary>山本です。 もし、全ての“運”というものは、実は自分の性格が呼び寄せている と言...</summary>
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        山本です。

もし、全ての“運”というものは、実は自分の性格が呼び寄せている
と言われたら、あなたはどう思いますか？
病気や事故、離散に借金…。自分の及ばない力が働き、
どうしようもないもの…人は、それが運命だと考えます。

明日雨が降りますと言われれば、雨が降ってくることを
受け入れるしかありません。

それなのに、これを“人生”に照らし合わせてみると、
「これだけ頑張ったのに、全然評価されない」などと、
人生に雨が降ることを許さないような感情に人は支配され、
卑屈になります。

私は、人は “２つの道”が常にあり、瞬間、瞬間に選び
進んでいると考えます。
それは“やりがいはないが、安全で楽な道”と、
“危険で辛いがやりがいのある道”です。

本当の不幸とは、自分でその道を選択し自ら進むことが
できないことではないでしょうか？

どれだけ暗くて冷たい雨に降られても、生きてさえいれば
また道を選んで進むことができます。

自分の背負わされた境遇には、自分が乗り越えるべき
チャンスという道も与えられているのです。
裕福で愛のある両親のもとに生まれ、安全で何の不自由のない
環境で育つ人と、貧困で天涯孤独で危険で不自由な環境で
育つ人では、考え方も、生き方も変わるはずです。

でも、そこに人間としての価値の差は一切ありません。
本当の「価値」とは、自分で見出すものですし、
自分でしか見出すことはできないはずです。
        
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    <title>人生の分岐点</title>
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    <published>2008-01-09T07:25:18Z</published>
    <updated>2008-01-09T07:50:17Z</updated>
    
    <summary>山本です。 遅くなりましたが今年一発目です。 改めましてあけましておめでとうござ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.1wako.com/blog/">
        山本です。

遅くなりましたが今年一発目です。
改めましてあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

どこまでお伝えできるか分かりませんが、
今年も私らしく、山本の勝手なつぶやき(笑い)を
お届けしたいと思います。

『人生は辛い。だが、辛いから人は生きている。
みんな幸せになることを信じているから生きていける。
では、幸せになることは、難しいのか？

いや、案外簡単かも。
なぜなら、「辛い」にたった「一」を足すだけで「幸せ」になれるから。』

運命だとか宿命だとか、前世だとか、占いだとか、
やたら世の中が不安になると怪しい輩が出てくる。
どこまでが本物でどこからが偽者かは分からない。
だって自分には見えないから。

では信じていないのか？信じるのか？
そんなことは私にとってどうでもいい。
だって自分で切り開いていくものだから。
自分で決めることだから。

人は、あながち自分の人生にレールを敷かれていて、
道から外れないように生きていると考えがちです。
そのため、予定外の出来事や不遇と呼ばれる思わぬ方向へ進んだとき、
「私は不幸だ、不運だ」と挫折することになります。

目の前に何にもないからこそ「創造」するものです。　
だから自分の運命、運勢なんて自分で決めることができるものです。
そんなもん他人になんか評価されてたまるものか！！

誰もが自分が大事、でもその大事にすべき自分が傷付き哀しんで、
一歩も前に進めなくなっている。

「きっといつかいいことがある、頑張っていればなんとかなる…」
いっこうに良くならない自分の運命をそのうちに呪うようになって、
他人を蔑むことで自分を慰めようとする。

必要なこととは、過去にしがみつく自分を嫌うことです。　
過去から物事をやり直すことなどできません。
常にやり直すのは今という瞬間だけなのです。

その瞬間こそが永遠であり、
過去を新しく創りだしていくのです。

自分の人生を卑下する人は、不安、不満の渦巻く人生です。
そんなことより辛いことを楽しみ、なにかプラスを見つけ、
幸せを探すほうがよっぽど楽しいはず。

今年は人生を楽しむ一歩にしてみませんか?

        
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    <title>どこまで歯を食いしばれるか?</title>
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    <published>2007-12-26T03:46:04Z</published>
    <updated>2007-12-26T03:54:47Z</updated>
    
    <summary>山本です。 いよいよ年末です。 今年も終わろうとしていますが、皆さんはいかがです...</summary>
    <author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.1wako.com/blog/">
        山本です。

いよいよ年末です。
今年も終わろうとしていますが、皆さんはいかがですか?
１年経つということは本当に早いものです。
きっと去年の今頃を思い出してみても、
あっという間に今日を迎えていると思います。

そういう意味では、意識を変えないと絶対に
来年の今日も、また１年は早いなぁ。
何も変わらないなぁ。てせ終わってしまいます。
意識を変え、変革をして、どこまで歯を食いしばれるか?
それこそ来年笑う本当の秘訣です。

ある友人と先日お話しをさせていただきました。
その人と色々と話をしていて、収入のことについての話になりました。

サラリーマンに比べると、どちらが生涯賃金は多いんだろう？
というような話題になりました。
その人がこのような話をしてくれ、なるほどと感じたので、
ご紹介したいと思います。

サラリーマンの頃は、収入の増え方は少しずつですよね。

例えば、1年目）月給　18万円、2年目）月給　20万円
3年目）月給　22万円、4年目）月給　25万円。といった具合。

と、働くにつれて、給料が毎年少しずつ増えてくる。
しかし、起業家の収入の“増え方”というのは違うんですね。
具体的にどう違うのかというと、このような増え方なのです。

1ヶ月目）　　　0円
2ヶ月目）　　2万円
3ヶ月目）　　2万円
4ヶ月目）　　3万円
5ヶ月目）　　3万円
6ヶ月目）　　5万円
7ヶ月目）　　30万円！！
8ヶ月目）　　25万円
9ヶ月目）　　26万円
10ヶ月目）　 27万円
11ヶ月目）　 52万円！！
12ヶ月目）　 45万円
13ヶ月目）　 48万円
14ヶ月目）　 43万円
15ヶ月目）　 105万円！！
16ヶ月目）　 89万円
17ヶ月目）　 87万円
18ヶ月目）　 89万円
19ヶ月目）　 150万円！！

イメージがつきましたか？

そして、だからこそ、多くの人が、
収入が激増するポイントまで我慢ができずに辞めてしまう。

例えば、先ほどの例であれば、7ヶ月以内に、ほとんどの人が
辞めてしまうのです。

例えば、5ヶ月間の間の収入がずっと数万円だったとして、
そこで、ビジネス自体を辞めてしまう。

もったいないですよね。
だって、あと2ヶ月頑張ったら、30万円の収入になったのですから！

しかし、このことを知らないばかりに、多くの人が
諦めてしまうのです。

ほとんどの人は、サラリーマンのように段階的に
収入が増えていくと思っています。

だから、頑張っても収入がちっとも増えない現実を目の当たりにすると、
あきらめてしまうんです。もったいないですよね。

だから、成功の秘訣は諦めないこと！！！！！！！！！
歯を食いしばること！！！！！！！

ずっとやり続ければ、そのうちコツを掴むんですね。
種明かしをすれば、なんのことはない、当たり前の話です。


まだ疑っている人は、始めて自転車に乗った時のことを
思い出してみてください。

こんな感じじゃなかったでしょうか？

1日目）全く乗れない
2日目）全く乗れない
3日目）全く乗れない
4日目）突然、ちょっとだけ乗れるようになった
5日目）ちょっとだけ乗れる
6日目）突然、乗れるようになった！！

だけと、３日目でほとんどの人が諦めてしまうのです。
もしかすると、一輪車も乗れるようになるかもしれない。
もしかすると、サーカスの自転車乗りになれるかもしれない。

このように劇的に変わる瞬間があるのに、あきらめてしまう。

人生が劇的に変わるということが約束されていたら、
あなたはあきらめることができました？できないですよね。

誰でも劇的に変わることができるのです。
それを分かってほしいと思います。
成功を信じて疑わない人には必ず「ある瞬間」から、
劇的に変わることが待っていることは、先ほどお話したとおりです。

待つことができるということは、
信じることができるということです。

信じることができるということは、
恐がる必要がないということです。

あらゆることには、いろいろな途方も無い困難や
問題がつきまとってきます。

その問題が解けずについ焦ってしまい、混乱しがちです。
自分の実践していることに「疑念」さえ持ってしまいます。

でも、不安は不安として、認めないことには物事は解決できません。
そして朝を待ち、晴れるのを待ち、その先に一瞬だけ輝く結果がある。

後で考えれば「な〜んだ、結局そういうことだったのか」と
拍子抜けしたような単純な答えしか待っていなかったとしても、
やっぱりその答えを得るためにはそれだけの時間が必要だったのです。

不安のない人生を送れたらと思います。
でも、楽しいこと、嬉しいことは、不安がなければ、
解決の糸口さえ探そうとはしないはずです。

＜果報は“練って”待て＞　本田宗一郎

何物も怖れない精神状態なんて天才じゃないとなれないかもしれないけど、
最後は“信じる自分”でいられるかどうかという問題になると思います。
そこにはただ、事実を事実として“受け入れる”覚悟があります。

結果が得られるまで待つ。それまでにかかる時間が「待つ」。
無意味に時間を浪費しているように思いがちですけれど、
絶対に「その瞬間」はみんなに近づいているのだと思いますよ。

その瞬間のために今日をどう生きるか？何をどう実践するか？
自分の頭を練れるだけ練って見ましょう！！

        
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    <title>何のために生まれ、何のために生きているのか?</title>
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    <published>2007-12-13T03:21:36Z</published>
    <updated>2007-12-13T03:40:29Z</updated>
    
    <summary>山本です。 生きている間に苦しい時期、地獄のような時期は誰にでもあります。 私も...</summary>
    <author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.1wako.com/blog/">
        山本です。

生きている間に苦しい時期、地獄のような時期は誰にでもあります。
私もそれがありました。
今から１０年前のことです。

それはとてもとても長く感じたし、永遠とも取れるくらい、
先が見えない状態でした。
先が見えないほど生きていくとき辛いことはありません。
どんなに辛くとも先が見えるからこそ耐えれるわけですから。

しかし、どのようなことにも永遠はありません。
雨が降っていれば必ずやむし、夜はやがて朝を迎えます。

肝心なことはその雨や夜の間に、
自分の中でどのようなことを感じることができるか?
いかに本当の自分と向かい合えるかということです。

これをしなければ、朝を迎えることができたとしても、
劇的な変化にはなりません。
例えば、何とか食べれる状態のままかもしれない。

皆さんよくご存知のことだと思うのですが、
私は、事業が最低のとき、食うことができず、
やむなく代行運転をしていました。
今日の銭が欲しかったからです。
今日の生活費が欲しかったからです。
日銭に飢えていました。

実際、最低の賃金でしたが、今日のパンを買うことはできました。
今日の水分を満たすことは何とかできました。
でも、劇的な明日を迎える希望などどこにもありません。

というよりも、ますます精神が蝕まれていくような日々でした。
代行運転が悪いわけではありません。
ただ、私は代行運転が生きがいではなかった。
その職業で私自身を生かせることができなかった。

もしかするとあのときに、他の職を求めて、
お金だけを求めて、まったく新しい業界へ
まったく知らない会社に就職できていたとしたら・・・。

もしかすると新しい世界が広がったかもしれません。
しかし、「生活のため」だけの未来しか待っていなかった気がする。

私が代行運転で、今日の銭だけを追ったのは、
単に就職が無かったからではない。
どのような状態に会ったとしても、健康な心身があれば、
この日本ではどのような職業でもある。
生きていくことはできるはず。

しかし、私はあえて就職活動をしなかった。
それにはなにか理由があったのだろうか?
当時の私の心理状態はそんな余裕も無かったと思う。

けれども、どこかで「自分が生きていく道」を模索していたのかもしれない。
今の現状に「怒り」を感じ、最低の生活の中でもがき、
自分が本当にいかせる自分を探していたのかもしれない。

どのような最低のときでも覚えていて欲しい。
人には誰にでもその人にしかできないことかある。
その人が生まれた価値は、その人のものであって、
他の人がけっして真似のできるものではない。

どんなときにもあきらめないで欲しい。
心から私は願っている。
どんな人も生かされているのだ。
あなたにしかできないことがあるはずだ。
あなたにしか輝けない場所があるはずだ。

そして、それに気づくまでのほんのちょっとの時間を
神様があなたを試しているのだ。
だからこそ絶対に負けないで欲しい。








        
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    <title>表裏一体とは?</title>
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    <published>2007-11-24T04:58:32Z</published>
    <updated>2007-11-24T06:30:24Z</updated>
    
    <summary>山本です。 私はよくクライアントにお客様を｢選ぶ・切る｣という話をします。 この...</summary>
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        山本です。

私はよくクライアントにお客様を｢選ぶ・切る｣という話をします。
この｢お客様を選ぶ｣ということが、なかなかできない人がいますし、
｢切る｣ということ自体が失礼ではないか?という声もたくさん聞きます。

ある方からこんな意見をいただきました。

&gt; 私の今の事業の志は、
&gt; お客様に期待以上の満足を与え、
&gt; 思いやりと旺盛なサービス精神を持って
&gt; 「貴方に頼んでよかった」の一言がもらえるよう取り組め。
&gt; です。
&gt; 私は、いかなるときも、お客様は、選びたくありません。
&gt; 切ることなんて、考えたこともありません。
&gt; 「時間の無駄」などと考えることは、全く考えられません。
&gt; 例え一人社長であって、効率性を生み出さなければいけないと分かっていても
&gt; 私には出来ません。

&gt; 成功は、お金だけではないと常々思っています。
&gt; そこで働く人間の生き様を大切にしたいです。
&gt; 誠実に頑張って、お金儲けが出来ないのなら、それでいい。
&gt; 人として、男として、夫として、親として、経営者として、
&gt; 「きっと、私は甘いのだろう。」と思っていました。
&gt; 

正直な感想を言えば、なにか勘違いしていないか?
と思ってしまいました。

私が考える｢選ぶ・切る。｣というのは、自分の価値感をどこまで
認識してもらえるのか?

認識してもらえないお客様とは付き合えないということ。
自分のことを便利使いされたり、あるいは業者としてしか
とらえることのできないお客さんとは付き合えないということ。

当然、お客様から感謝をされたいと願っているし、
そのお客様に全力で答えたいとも思っている。

そのためにも、現実問題として、すべてのお客さんには、
答えることはできないし、｢安ければ誰でも良い。｣と
感じている人には全力を傾けることもできないし、
傾けようとも思わない。

そして、全力を傾けるためには、当然のことながら、
｢対価の報酬｣をいただけなければできないことだ。
だから安くなんてできない。

安売りをすればするほど自分の価値感を下げることになるし、
自分の首を絞めることになる。
圧倒的に儲けることが重要なのである。

そもそも考えてみて欲しい。
企業家の価値はどこにあるのか?
企業の存在価値はどこにあるのか?
企業目的は何なのか?
社長たるもののステイタスはどこにあるのか?
社長の責任の所在、その評価はどこにあるのか?

それは、語弊があるかも知れないが｢お金｣であり、｢儲け｣である。
それができなければ、会社も社長も何の価値も無いことは隠しようのない事実だ。

あえて、批判を恐れず言ってしまえば、｢世の中お金ではない。｣などと、
奇麗事を言うのは貧乏人、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
お金儲けをしてから初めて言えとさえ思う。

お金が無くて、衣食住に困れば、｢精神的｣に耐えられない。
心も絶対に豊かにはなれない。
もちろん、派手に贅沢になれといっているわけではない。
しかし、貧困であれば、｢心のゆとり｣は絶対に生まれないものだ。

そういった意味で言えば、ましてや社長である。
その価値と責任はお金によって、還ってこなければ意味がない。

でなければ、社会にも、お客さんにも、家族にもそして社員にも
満足に責任を果たすことは絶対にできないのである。

例えば、儲けることができなくて、倒産してしまえば誰がこれらの人々への
責任を果たすというのか?路頭に迷った社員、家族は?
頼れる企業が倒産したあとの顧客はいったいどうなるのか?

このように、お金儲けは必須。
その為にもお客さんは選ばなければならない。

しかし、ここで忘れてはならないことがある。
それは、｢生き様｣であり、商売への｢一貫性｣だ。
これを忘れてしまっては、ただの｢銭の亡者｣となってしまい、
ここ最近頻繁にあるマスコミ報道のように、企業モラルが問われることになる。

このように考えてみれば、商売というのは、つくづく難しい。
金儲けだけではいけないし、それが無くては企業の存在価値もない。
そういう意味ではどのような商売にも表と裏があり、
それが一致して一貫性が無ければならないと思う。

先ほどの方からこんな続きの言葉をいただきました。

&gt; 私、お客様の笑顔が好きです。
&gt; ついつい、もっとご要望にお答えしたくなって
&gt; リフォームを考えるようになりました。
&gt; でも、もう少し、考えて見ます。
&gt; 今は、周りの人を大切にして、地道にがんばって生きます。

そうです。

私たちはお客さんの笑顔のために働いています。
そして、その笑顔をひとつでも大切にするために
もうひとつ大事なことがあります。

それは｢自分も楽しい｣ということ。
これが何より大切なことです。

どんなにお金儲けができても楽しくなければ意味が無い。
お金だけでも幸せには絶対になれないから。

楽しい仕事をワクワクして自分のためにやっていく。
そして、自分の価値感を認めてくれる方に精一杯の
サービスを行い対価の報酬をいただく。

それが本当の仕事であり、生きていく価値だと感じています。


        
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    <title>頭で考えるのではない。魂で感じることだ。</title>
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    <published>2007-11-14T09:44:32Z</published>
    <updated>2007-11-14T10:04:58Z</updated>
    
    <summary>山本です。 すみません。ずいぶんご無沙汰で。 けっこうなブランクがあいてしまいま...</summary>
    <author>
        <name>yamamoto</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.1wako.com/blog/">
        山本です。

すみません。ずいぶんご無沙汰で。
けっこうなブランクがあいてしまいました。

その上更に、久しぶりのブログなのに、
こんなことを書くとまた怒られそうですが、
ずいぶん前のネタになってしまいます。

しかし、その内容はとてもすばらしいことなので、
ここにご紹介したいと思います。


去年の今頃の話なんですが、クライアントさんさんからの
実践報告を皆さんにお伝えしたいと思います。

Ａさんは、電話相談をどの方よりも
たくさん掛けてこられた人でした。

しかし、なかなか結果に結びつかず、悩んでいらっしゃいました。
いろいろな実践も失敗に終わり、悩む日々を過ごされていました。

大変勉強熱心で、実践派だったＡさんが失敗してしまった最大の原因は何か？

それは、山本メソッドを表面からしか表現できなかったから。
心の底から、魂の叫びを表現できなかったから。

しかし、ある時本当の意味で、Ａさんの心の中に、腹の中に
山本メソッドが落ちるときが来た。

では、なぜ辻さんが頭の中で理解できていたことが、腹に落ちたのか？

それは、Ａさんが苦しんだことにあります。
苦しんで、苦しんで、苦しんだからこそ、Ａさんのものになりました。

そんな嬉しいAさんからの報告をお読みください。
そして、そこから何かをつかんでみてください。

ここから。
↓

お久しぶりです。Aです。
 
今まで人生や仕事において大きな失敗をしてこなかった私は
山本塾での経験は、自分の頭で本当に考えることをしないで
受験勉強みたいな暗記勉強をしていた。
 
ですから当然結果は出ませんでした。
私は妻の手によってバリカンで丸坊主になりました。
ここまでの自分とさよならし新たな出発ができることを誓いました。

絶対にあきらめないとこう宣言して・・・。
 
明日、私はB県の超激戦区のリフォーム屋、建築家連中の中から
選ばれてB県のリフォームコンペでB県知事賞受賞者１２名の
中のトップをいただきに行きます。
 
コンペと言っても私は初挑戦でした。
相手は大手や常連の会社や建築家ばかり。

応募の理由とはもうチラシを打つ余裕も全くない状態で
プレスを書こうとも焦りと迷いばかり。
 
そこで、私はリフォームコンペへの挑戦を試みることとしました。
以前から教えていただいているチラシづくりを徹底的に復習し
一般の方へ役に立つメッセージを書くこと。
これだけに徹底し自慢や難しい技術は必要ない。
 
審査の相手がプロであろうが魂を書くこと。ただそれだけ。　
ある日1本の電話がなりました。
「おめでとうございます。受賞いたしました。」

しかし、単なる入賞なのかどのレベルの受賞か聞くことも
正直怖くて出来ず待つことにしました。
 
下の方では意味がない。
トップ以外は意味がないこともわかっていました。
 
2週間たって1通の封筒がきました。
この日は　私の父の37回目の命日でした。　

封筒のなかにはたった1枚の紙が入っていて、私の名前が
1番頭に書いてありました。

明日から３日間市内の大ホールにて、○○フェアが開催されます。
 
来場者予想は３５０００人だそうです。
すべて見込み客みたいなものです。
 
今週はこの辺のどの会社もリフォームフェアやっても集客はありません。
ほとんどここに行きます。
 
明日、フェア開催とともに数百人のまえで表彰式があり、
１番の表彰台に乗ることができます。
コンペの作品も一番いい場所で3日間展示されます。
 
近日予定だそうですが、地元新聞の１／４面に写真と名前がでます。
（私だけの枠でカラーです）
 
そして行政のパンフやHPなどの広報にも掲載されます。
これらを考えると数百万円の広告宣伝費の効果であり、
明日から3日間は、私は県で一番有名なリフォーム専門家に
なることができました。
 
ちなみに審査員の私の作品に対するコメントです。
 
「すみこなしていく課程の中で出てきた長年の生活要求を順次記録し　
リフォームで総合的に解決しようとした作品には、迫力と説得力があり、
審査員の多くも身につまされました」
 
魂で訴えることで、他の方のコメントにはないダントツの評価でした。
 
さて、明日の授賞式のコメントも考えています。
圧倒的なコメントを言うことにしています。TVやマスコミも来ているはずです。
 
この機会をもとに　2次的な集客の手段も準備しています。
集客までの仕組みはとにかく自分でやってみます。
 
まだまだお金には1円にもなっていませんが、
最高のチャンスを得ることができました。
 
受賞したことは単なる集客手段にすぎません。しかし、圧倒的に勝つ方法は
自分でたった一つでも見いだすことができました。
 
あきらめない。これだけでした。山本塾のおかげです。
でなければ、ド素人初出場の選手が、優勝なんて出来るわけありません。
 
もう1ステップ進めて自分の力で頑張っていきます。
自分で考えることが、どれだけ意味があるかもっともっと経験する
必要があります。
 
しかし、セールスなんてまだまだこれからです。
絶対これから結果を出していきます。お金にすることです。
 
是非今後ともお力を貸してください。
 

↑
ここまで。


ここから山本の返信。
↓

もしかすると、Aさんの人生の転機が近づいていたのかもしれません。
山本塾にご入会いただき、そして、もがき、苦しみ、
結果を焦る日々。

その中で、Aさんの心の中で大革命が起こったのかもしれません。

「今まで人生や仕事において大きな失敗をしてこなかった私は去年の
夏からの山本塾での経験は　自分の頭で本当に考えることをしないで　
受験勉強みたいな暗記勉強をしていたからです。
ですから当然結果は出ませんでした。

以前の見学会のフォローの客に対して　見積もり提出まで
行きました。しかし　その結果は×でした。
最後はとうとう　お客と　怒鳴りあいのケンカまでして帰ってきました。

その夜、私は　妻の手によって　バリカンで丸坊主になりました。
ここまでの自分とさよならし　新たな出発ができることを　誓いました。

会社も存続させるし　事務所も撤退しない。
絶対にあきらめないと　こう宣言して・・・。」

人は、本当のどん底の時に、そして、闇夜の中に、本当の光を見つけると
言います。

私もそうでした。自己破産をし、リストラされ、代行運転の毎日。
さらに、死を覚悟してまで作ったやみ金からの借金。

そこまで落ちたとき初めて心が崇高になり、
本当の魂が宿ったのかもしれません。

しかし、本当の成功はその後やってきた。
努力、実践を続けるものには必ず必然のチャンスが生まれる。

あきらめない者は、そのチャンスを必然に変える力が備わる。

必然に変えたものは加速度がつく。もっともっと実践を続ける。
やがてそれは大きなうねりとなって、奇跡を生む。

「明日、私は　県の超激戦区　のリフォーム屋　建築家　
連中の中から選ばれて県のリフォームコンペで　
県知事賞　（受賞者12名の中のトップ）を　いただきに行きます。」

おめでとうございます。
すごいことですよね？

作品のすばらしさがあればこそですが、その作品に本当の意味の
「魂」が宿っていた証拠だと思います。

以前の見学会では、それがうまくチラシの中で表現できなかった。
建築家の「作品」として、プロの自慢話になっていた。

しかし、今回は、

「以前から教えていただいているチラシづくりを徹底的に復習し　一般の方へ役
に立つメッセージを書くこと。これだけに徹底し　自慢や難しい技術は必要ない。
審査の相手がプロであろうが　魂を書くこと。ただそれだけ。」

これこそ、山本メソッドの真髄です。
今初めて、腹のそこから理解できたのではないかと思います。

ここから、代逆襲が始まるような予感がします。

本当によかったですね。

「2週間たって　1通の封筒がきました。

この日は　私の父の37回目の命日でした。　
封筒のなかにはたった1枚の紙が入っていて　
私の名前が　1番頭に書いてありました。」

「ちなみに　審査員の私の作品に対するコメントです。

「すみこなしていく課程の中で出てきた長年の生活要求を順次記録し　
リフォームで総合的に解決しようとした作品には、迫力と説得力があり、
審査員の多くも身につまされました」

魂で訴えることで　他の方のコメントには　ない　ダントツの評価でした。」

魂のこもったものは人の心をとらえて離しません。
これこそ商売であり、私たちが伝えていかなければならないメッセージ、
生き様だと思います。

それがお客様に通じたとき、ダントツへの道が始まります。

お父様もきっと導いてくれたんだと思いますよ。

実践をして、苦しんで、表面的なことばかりに走り、結果が出ないとき、
「しょせん、こんなものか」とあきらめてしまう。

しかし、あなたはあきらめなかった。

本当の「魂を込める」意味を悟ることができた。
そういう意味で、山本メソッドが今こそ腹に落ちたのではないでしょうか？

今後のますますのご活躍をお祈りします。

↑
ここまで。

さぁ、つぎは誰の番ですか？
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>変わるために必要なことは、とても簡単。</title>
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    <published>2007-10-17T05:39:10Z</published>
    <updated>2007-10-17T05:46:23Z</updated>
    
    <summary>山本です。 もう随分前になるんですが、｢自分の生きた証｣をどう考えるかと、 ある...</summary>
    <author>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.1wako.com/blog/">
        山本です。

もう随分前になるんですが、｢自分の生きた証｣をどう考えるかと、
ある塾生さんと話したことがあります。

その方からメールでいろいろやり取りしました。
ここ最近、４０歳半ばになってきて、これから自分の人生の後半を
考えるときに、さしかかってきました。

メールのやり取りをここで公開いたしますので、皆さんも考えて
みてはいかがでしょう？

ここから
↓


&gt;&gt; 「足跡」を残す。
&gt;&gt; 誰のために?
&gt;&gt; どこに?
&gt;&gt; 何のために?
&gt;&gt; どのような?
&gt;&gt;
&gt;&gt; この様なことを考えなければならないでしょうね。
&gt;&gt; ただの偉人になりたい。
&gt;&gt; 有名人になりたいではただの権力者です。
&gt;&gt;
&gt;&gt;↓
&gt; 
&gt; 「足跡」を残す。
&gt; 誰のために?
&gt; どこに?
&gt; 何のために?
&gt; どのような?
&gt; 
&gt; この様なことを考えなければならないでしょうね。
&gt; ただの偉人になりたい。
&gt; 有名人になりたいではただの権力者です。
&gt; 
&gt; ↑
&gt; 
&gt; この言葉をいただいたときに真っ白になりました。
&gt; 
&gt; そうだ、
&gt; 確かに私は偉人になりたいと思っている。
&gt; 伝記になって小学校の図書館に並びたいと思っていました。
&gt; 権力者？！
&gt; まるでヒットラー？
&gt; 
&gt; ただ、足跡を残したい。
&gt; 自分のエゴで。
&gt; 
&gt; それではだめだ。
&gt; と考え直したのですが、全く答えが出てきませんでした。
&gt; ただの偉人ではだめ。
&gt; でも何のために。
&gt; でも有名になりたい。
&gt; 成功したい。
&gt; ずーと悩み続けました。
&gt; 
&gt; 今になってようやく出た答えは、簡単な言葉でした。
&gt; 
&gt; 誰かの役に立つことをしよう。
&gt; １００年たっても役に立つものを残したい。
&gt; 
&gt; これなら、いいのかなと考えてきました。
&gt; 
&gt; でも、自分のできることって？何？
&gt; これで、またずーっと考えていました。
&gt; 
&gt; 最近になって、これまでやってきたことで、ひとに喜んでもらったことが
&gt; あることを思い出しました。
&gt; その人たちには今でも感謝されていて、今でも「尊敬してます。」と
&gt; 言ってもらっていることに気付きました。
&gt; 
&gt; その感謝されたことを、他の人にも伝えれば、困っている人を救って
&gt; あげられるかも、と考えています。
&gt; 
&gt; そんな大げさなことをすることではないのですが、誰かの役に立つことで、
&gt; 今できることから始めていこうと思っています。
&gt; 
&gt; もちろんビジネスモデルとして成り立つようにも考えています。
&gt; 儲からないと、続きませんからね。
&gt; 
&gt; こんな考え方でいいのでしょうか。
&gt; 
&gt; 山本さんから伝えられた言葉。
&gt; 
&gt; 『ただの権力者』
&gt; 
&gt; になりたくない。
&gt; 
&gt; まだまだ頭の中で響き続きそうです。
&gt; 
&gt; 


&gt;&gt; 100年経っても役に立つものを残したい。
&gt;&gt;
&gt;&gt; いい言葉ですね。
&gt;&gt;
&gt;&gt;○○さんの人柄が現れているようです。
&gt;&gt;
&gt;&gt; ○○さんしかできないもの・・・
&gt;&gt; それは永遠のテーマかもしれません。
&gt;&gt; 考えて、もがき苦しみながら、生きていく。
&gt;&gt; 死ぬまでに答えを見つけることができないかもしれない。
&gt;&gt;
&gt;&gt; けれど、それは自分の「心」「言葉」「生き様」に、
&gt;&gt; 嘘・偽りを持たない。ということだと考えます。
&gt;&gt;
&gt;&gt; 自分の行動と心が裏腹な人はたくさんいます。
&gt;&gt; それはそれで、他人にはごまかしが効く場合があります。
&gt;&gt;
&gt;&gt; しかし、神様と自分には嘘はつけません。
&gt;&gt;
&gt;&gt; 自身の生き様を人に伝えること。特に家族に
&gt;&gt; 伝えることというのは、「真実」の道だと思います。
&gt;&gt;
&gt;&gt; だからこそ、その「生き様」に人は感動するし、
&gt;&gt; 子供たちは継承していくものだと思います。
&gt;&gt;
&gt;&gt; 継承することによって、自分が生きた証は
&gt;&gt; 永遠と語り継がれることでしょう。
&gt;&gt;
&gt;&gt; 一生勉強ですね。お互い頑張りましょう。
&gt;&gt; 私も自分の弱さと葛藤しながら、生きています。


&gt; 
&gt; 
&gt; 一生勉強
&gt; 
&gt; 一生勉強でいいんだ、と感じさせてもらえました。
&gt; 
&gt; 勉強って仕上げないといけないものって思っていたのですが、
&gt; そんな簡単に習得できないですし。時間かかります。
&gt;
&gt; もっと勉強します。
&gt; ありがとうございました。
&gt; 

一生勉強を続けることはえてして嫌になります。
永遠に続くのかと思うと・・・。

勉強なんて簡単ですよ。それより重要なのは・・・。
ある方にお送りした私のメールをご紹介します。

&gt; 結局、メソッド・ノウハウ・ツールなんてくそくらえです。
&gt; こんなものは小学校の勉強と同じで、勉強さえすれば、
&gt; 学ぶことさえすれば、よっぽどの馬鹿ではない限り身につきます。
&gt; 
&gt; それに、同じ成功ノウハウにすがり付いていても、
&gt; 一生安泰とは限りません。
&gt; 
&gt; 大事なことは、2つだけ。
&gt; 「いつも能動的であきらめないこと。」
&gt; 「常に不安と危機感を感じ闘い続けること。」
&gt; 
&gt; ほとんどの人は分かっていてもこれをしない。
&gt; 
&gt; 私はそれをしただけ。そして、今も続けているだけ。
&gt; たったこれだけの違いです。
&gt; 山本メソッドも永遠ではないのです。
&gt; 頑張って生きたいと思っています。
&gt; 
&gt; 人間変わるためには、今までの自分を捨てること。
&gt; そして、非常識に生きるために、マインドセットをすること。
&gt; これが大事だと思います。
&gt; 
&gt; 私は変わるしかなかった。
&gt; でなければ生きていけなかったから。
&gt; 
&gt; 世の中ほとんどの人が、変わらなければならないと考えています。
&gt; 分かっているはずです。
&gt; でも変われない。
&gt; 
&gt; それは今日の仕事があったり、様々な周りの拒否反応があったり、
&gt; できない理由を自分で並び立てて妙に納得したり、
&gt; 何とか食べていける毎日。
&gt; 忙しい日々に流されて時が過ぎてしまいます。
&gt; 
&gt; 私はそのどれも無かった。残された道は「死」しか無かった。
&gt; だからやり通すことができたのかもしれません。
&gt; 
&gt; ですから、 今の現状からたった一歩でもいい。
&gt; なにか変わっていただければ嬉しい限りです。

        
    </content>
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    <title>すべては捨てるところから始まる。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.1wako.com/blog/2007/10/post_37.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.1wako.com/cgi/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=421" title="すべては捨てるところから始まる。" />
    <id>tag:www.1wako.com,2007:/blog//1.421</id>
    
    <published>2007-10-11T02:19:54Z</published>
    <updated>2007-10-11T03:13:00Z</updated>
    
    <summary>山本です。 一生の長い道のりを歩き続けるとき、辛いときも悲しいときもありますね。...</summary>
    <author>
        <name>yamamoto</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.1wako.com/blog/">
        山本です。

一生の長い道のりを歩き続けるとき、辛いときも悲しいときもありますね。
反対にいいときもあります。そのバランスは、案外死ぬときに振り返ってみると、
同じくらいの重さ・時間になってたりします。

けれど、どうしても辛苦の時間が多く感じられます。
それだけ人の心の中に重くのしかかっているから。
ある意味、トラウマになっている場合もあるんですね。

人の心の成長は、生きた時間だけに比例してくれると、
楽だけれど、そうは行かない。反比例する場合さえある。
見上げるととんでもない高さの階段を上るように、坂道を越えるように、
何度も行ったり来たり、上がっては下がったりを繰り返す。
実績が上がったと思えば下がり、喜んだと思ったら悲しみや苦しみがあり、
現実は生きるほどに「重く」そして「苦しく」なる。

人生３６５歩の何とやらではないけれど、
進んだり、後ず去ったり、泊まったりの繰り返し・・・。
これを繰り返す美に人間は初めて「成長」を得る。

時の流れに身を任せて、自然体の中で生きていく。
という言葉にあるが、とてもそんなことはできないし、
苦しみの中でもがき、それまでに至る道のりは、思考が行き詰って
自己否定し現実感がなくなってしまうような“辛い状態”であったりする。

「辛く、悩むこと」は、もしかすると好転させるためにもがくことではなくて、
別の何かがあるのかもしれない。
なぜならば、頭の中と心の中は、うまく行かないために、
パンパンになっている状態で、何も入らない状態というか、
考えることさえできない状態ではないだろうか？

そう考えると、行き詰った時 “成長”に必要なことは、
とにかく知識や経験を自分に詰め込むことじゃなくて、
「いらないものをいかに棄てるか？」ということだ。

捨てたあとに大事なことは、大切なこととは、学ぶこと。
今が土砂降りの雨でもやまない雨はない。

そしていつかまた降ってくる時もあるでしょう。
最初からうまく傘を差すことなんてできない。
何度も何度もびしょぬれになりながら、次第に差し方を学んでいく。

つい“雨はずっと止まない”と思いがちですが、この言葉の通り、
そうなったことは今まで一度も無いのです。


        
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    <title>努力のベクトルとは?</title>
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    <published>2007-09-18T23:53:37Z</published>
    <updated>2007-09-19T02:31:48Z</updated>
    
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        山本です。

以前、ブログでも触れたことがあるのですが、
谷亮子選手が、また、また、また、金メダルを手中にしました。
田村で金、谷で金、そしてママで金です。

これで来年の北京五輪でメダルを取れば、
なんと5大会連続メダル。
それも今までは銀、銀、金、金。
すごい。すご過ぎる。

彼女の成績、実績はさることながら、一番感じることは、
根っから柔道が好きなんだなということです。

好きでなければここまではちょっと・・・。

では、誰でも好きなことであれば、努力をすれば、良い結果が生まれるのか?
けっしてそうとは限らない。えてして逆の結果を生むことのほうが多いのが現実。

すきなことに努力する力、時間、気力は、
その結果として、自分の行っていることが「うまく行く・満足する結果」と必ずしも一致しない。

たとえば、陸上競技が好きで、100ｍをどれだけがんばったって、
世界中でごく一部の人しか10秒切れないだろうし、
たとえば、宇宙飛行士になりたくても、なれない人もいる。
世の中、色々なハンディキャップによって最初からできないこともある。

自分の目指している道は遠く、そして、険しい、でも努力し続ければきっと必ず…。
「好きなことをやり続ければ必ず“成功”する」という言葉に誤解してしまっていることも多い。

では、 「うまく行く」ことを望むのは無駄なことなのか？
成功は「功を成す」のだから、つまりそこへ向かってどれだけ挑戦することができたのか？
ということで、その過程がとてつもなく大事なこと。

どこからか「そんなこと奇麗事だ。」と言う声が聞こえてきそうですね。
どんなに過程に満足できても、結果が悪ければ、何にもならない。
極端な話、どんなに努力しても収入が上がらなければ、食っていくことすらままならない。
それはその通りかもしれない。

しかし、そう思う人のほとんどの人が自分の才能の100%を出し切っていない事実がある。
先ほどの話ではないが、しょせん100m走っても、10秒は切れないし、
ましてやおりんぴくで金メダルも取れない。
そう思って最初から全力を傾けなかったり。あきらめたりする。
それどころか、努力をしている人、挑戦を続ける人を小ばかにするときさえある。

努力のベクトル=「努力」（力の向き）
つまり、自分の努力をどの方向に向けるのか?
そして、その努力を自分の気持ちでどう昇華させるか?
これがとてつもなく大事。

もし何にも挑む心がなかったとしたら、成功もうまくいくこともない。
問題は何に挑みたいのか？　

「あの時ああしておけばよかった」と後悔し、
後で“自分の言い訳”にしてしまうことが多い。
「たら、れば、でも、しかし、だから…」と何かが不足していたからダメになっただけで、
本当は成功していたと…そこに「努力ベクトル」を見つけることはできない。

「努力ベクトル」は、やりたいことを精一杯やってきたという失敗に対する潔さがあるから。
だから、「試合に負けて勝負に勝つ」ように、「うまくいかなかったけれど成功した」ということが
実際にある。

嫌になったのならやめればいい。　
でも一度考えてほしい、本当に嫌になるまでやったのか？を…

「こんなこと続けて何になる？…」　では、続けなければ何かになるのか？
今自分のやっていることはうまくいかないかもしれない、でも、挑み努力する心は成功する。
実際に頑張っていた前の仕事が、全然違う今の仕事に役立つことがある。　

うまくいかない時、人は今の状況から逃れたいと考える。
ダメになる理由よりも、やりたいことを追求する「努力の力」が
成功への足掛かりに必ずなる。




        
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    <title>心に刻め！！</title>
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    <published>2007-09-05T02:29:56Z</published>
    <updated>2007-09-05T02:37:10Z</updated>
    
    <summary>山本です。 人生いろいろなことがあります。 私にもありました。そこでいくつか感じ...</summary>
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        山本です。

人生いろいろなことがあります。
私にもありました。そこでいくつか感じたことがあります。

それは、
※すべてのことは自己責任であるということ。
　人をうらんだり、妬んだり、愚痴を言っても何も変わらない。
　誰も慰めてもくれない
　ましてや、幸せになれることは絶対にない。

※乗り越えられない試練は与えられない。
　神様は、その人が乗り越えられない試練は与えないそうです。
　妻が言っていました。「それだけあなたの器がでかいのよ。」

　それは大きな励みになりましたし、私の支えでもありました。

※自分で生きていくしかない。
　阪神大震災がありました。それはとてつもない不幸です。　
　人から人へ差し伸べられた善意は今でも語り草です。
　そして、やがて街は復興し、やがて人も立ち上がり始めました。

　その一方で今だ「自分は不幸だ。手を差し伸べてくれるべきだ。」
　と言う人がいます。
　確かに老人で今まで培ったものが崩壊したら、人生をはかなむしか
　無かったのかもしれない。
　
　けれども、一方でもう一度立ち上がろうとする人もいる。
　どちらも人間の姿です。どちらがいいとか悪いではありません。
　自分がどちら側の人間になるのか？ということです。

　できれば、後者でありたい。

※夜明け前が一番暗い。
　いつ闇夜が明けるのか？トンネルはいつ終わるのか？
　それがわかっていたら誰も苦労しない。
　
　けれどもひとつだけ言えることかあります。
　それは夜明け前が一番暗いということ。
　すぐそこに朝があり、明けない夜は決して無いということ。
　
　そして何より人間はそんなに簡単に死なないということ。
　
※ずっと闘い続ける。
　私は皆さんから見れば成功者かもしれません。
　羨ましいと感じていらっしゃるかもしれません。

　しかし、どん底を見てきた私だから言えることがあります。
　絶対に永遠はないということ。
　今が良くともそこにおごりがあれば、必ずまた地獄の口が開きます。
　「盛者必衰」です。

　だからこそ人生は面白い。だからこそ一生闘い続けるのです。

ヒントを感じていただければ幸いです。

ビジネスは、難しいし我々のような零細企業は、
とても大手には太刀打ちできないと考えている人が多い。

私たちのような零細企業が生き残るためには、
技術、商品、価格を語っても勝つことはできません。
また、独立に際し、「不必要な」設備投資や看板、
ロイヤリティーに参加する必要はありません。

技術を語れば技術力の高いところ、
商品を語れば商品力の勝るところ、
価格を語ればよりやすいところが勝つに決まっています。

私たちが語らなければならないのは「売る人間」です。
お客さんは、リフォームという商品を手に入れたいのではありません。
その商品を買うことによって、幸せを手に入れたいのです。

ということは、何を買うかではなく、「誰から買うのか」が、
より重要なことです。
誰から買えば、幸せになれるのか模索しているのですね。

そういった意味では、リフォームのアドバイザーではなく、
お客様の「幸せ伝道者」であるというマインドセットが必要です。

このようなマインドセットができれば、自分の価値感が高まりますし、
ただの安売りはできなくなります。
お客様は大切なお金を支払うとき、その価値感に初めて
財布の口を開くものです。
価格勝負、商品力勝負ではありません。

信じた道を行くだけですね。


        
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    <title>人生は１日で劇的に変わる。けれども・・・</title>
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    <published>2007-08-03T00:51:35Z</published>
    <updated>2007-08-03T01:48:18Z</updated>
    
    <summary>山本です。 ５年以上も前の話になりますが、 私は１週間眠れない日々を過ごしていま...</summary>
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        山本です。

５年以上も前の話になりますが、
私は１週間眠れない日々を過ごしていました。

毎日々、飛び込み訪問を繰り返し、虫けらのように扱われる日々。
虫けらのように扱われるのはいいのですが、最初から悪徳商人かのごとく、
疑われ、人格まで崩壊しそうになってしまう。

訪販では生活することもできないので、
夜中の酔っ払いを相手にして、代行運転をしながら生計を立てる日々。

このままではいけない。何とか人生大逆転できないものか・・・。
そんな日々を毎日過ごしていました。

悩んで悩んで悩んでいた頃、
たった１枚のチラシが私の人生を変えることになろうとは、
私自身想像すらつきませんでした。

それどころか、たった１枚のチラシから、私の発信する情報が、
全国の同業者からそのノウハウを分けてもらいたい、
あるいは、コンサルティングをして欲しいということになるなんて、
その頃の私に想像なんてとてもできなかった。

たったチラシ１枚で人生が変わりました。
それも一晩で。

昨日まで、代行運転を続け、収入も月３万円だった人間が、
翌日、１０件近くのお客さんから電話が掛かるとは想像なんてとてもできない。

でも、現実に劇的に人生が変わった。
それもたった一晩で・・・。

営業、セールスに行くところも無かった人間が、
翌日から行列ができるなんて誰が想像できるだろうか?

人生はたった１日、１秒で変わる。
 いや、変えることができる。

それを信じることは何よりも重要なこと。
スーパーマンでなくとも誰にでもできる。凡人以下でも。

他人事だ。夢物語だ。
奇跡のような出来事だ。なんて考えている人は変われない。

信じること。そして何より大事なことは望むことだ。
欲することだ。

のどの渇きのない人は、水を欲しいはけっして思わない。
だから永遠に与えられることはない。

心のそこから欲しいと念ずること。

それから、もっと大事なことがある。
それは欲することと同時にその準備をすること。

死に物狂いでその準備をすること。
その準備とはいわずと知れた努力のこと。
これ以上はできない。
これ以上すれば死んでしまうというくらいの準備が必須。

案ずることはないだろう。
だってそれで死んだ人の話を私は聞いたことがない。

人生を変えるのは一瞬。
しかし、その準備をできている人はほとんどいない。
だから変わることができないのだ。










        
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