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2007年03月28日

石橋をたたいても渡らないのか!?

山本です。

先日、東京からお客さんが来られていました。
私のビジネスを影から支えてくれている方。
毎月一度お会いするのですが、毎回新しい刺激をいただいています。

今回も、1日中いろいろな打ち合わせをさせていただき、
いつものように終了後、美味しいお酒を一緒させてもらったのですが、
そのときに彼が突然こんな質問を私に投げかけました。

「山本さんの最終着陸地点はどこなんですか?」
「どこに目標を置いてらっしゃいますか?」

そして、

「それは、収入のことでも、生活のことでも、精神的なことでも構わないんですけど。」

と、質問をされました。

この質問は、私にとってまさしくタイムリーな質問だったのです。
最終着陸地点を決めているわけではないのですが、
最近、このことについて考えることが多かったのです。

私の最終目標は、おぼろげながら見えてきました。
これについては、また後日ゆっくりとお話をさせてもらおうと思います。

今日は、とても現実的なお話かもしれないけれど、
安心、安定についてお話させていただきたいと思います。

彼から、「収入のことでもいいのだけれど・・・。」と話されたとき、
思わずこう答えていました。

「いくら欲しいということは特別無いんですよ。」
「でも、最近すごく思うことは、私たちには安定が無いなということです。」

私は「山本塾」を主宰して、いろいろな方と電話でお話したり、
お会いして、商売の業績アップのお手伝いをさせていただいています。

常にみんな能動的で、実践し、結果を出してくれています。
しかし、どんなに結果が出ても安心はできない。
いつも、不安と戦っています。

それは、先が見えないからですね。
いくら、今の状態が良くて、売上が上がったとしても、いつまで続くか分からない。

つまり、安定が保証されていない不安があります。
私も、同じことでどんなに収入がアップしても、
安心ということはひとかけらも考えられない。

やっとここまで来れたか、しかし、これを維持するためには、
もっと上を目指さなければ安心できない。と、
いたちごっこを続けているようです。

考えてみればすごく当たり前のことで、公務員でもない限り、
どんな商売であっても、絶対ということはありえないし、
どんなに商売がうまくいっていても、永遠ということは絶対にない。

では、絶対に永遠ということがうらやましいか?
正直うらやましいと思いますね。

これは私の本音です。
それはもしかすると、過去の悲惨な体験から来ているかもしれません。
今でも、夜中に夢を見て、うなされ、突然目が覚めるときがあります。
私の中でトラウマになっているのかもしれません。

どんなに収入が少なくとも、
生活ができる収入があって、それが死ぬまで続くのであれば、
それが一番いいのかもしれない。

そうすれば、仕事よりも家族や趣味に時間をかけて、
幸せな生活を送れるのかもしれない。

だから、さっきの質問を受けたとき、思わずこう答えてしまいました。
「絶対的な安定があれば、それが着地地点ですよ。」

そうすれば石橋をたたいても渡らないような生活ができるじゃないですか。
今のように壊れそうな橋でも、補強しながら渡ることはないと思うのです。

徳川家康が言いました。
「人生は重い石を抱いて、険しい階段を一歩一歩登るようなものだ。」と。

人は安心、安定のために、不安と戦いながら一生生きていくものだ。
不安が消えないから、挑戦を続けるものだ。

安心と安定は欲しいと思う。
でも、平坦な人生は欲しくない。
石橋をたたいても渡らないような人生は面白くない。
何の感動も得ることはできないからだ。

波乱万丈かもしれない。
しかし、そこには自分が生きた足跡がしっかりと残されるようになると思う。

安定と安心をずっと手に入れたいと思えるから、
挑戦を続けることができる。

安定しかない人生だったら、きっと退屈で死んでしまうだろう。

2007年03月21日

価値を売る。

山本です。

今、名古屋に来ています。
クライアントさんのところへ訪問コンサルティングに
お伺いしているのですが、大変熱い1日をすごすことができて、
少し興奮しています。

今日盛り上がった話題のひとつにお客様に何を伝えていくか?
ということで話の輪が広がりました。

私たちの仕事はリフォームです。
当たり前のことですが、現在抱えている住まいへの不満を劇的に解消し、
新しい生活の創造をする。

そして、それに対して対価の報酬を得る。
時として、その住まいの変貌にお客様が感動して、
涙を流して喜んでくれる。

私たちが仕事をしていて本当に喜びを感じる瞬間です。

では、お客さんは、その仕事の良し悪しに、そしてその仕事に対して
お金を支払うのでしょうか?

それは、少し違うと思います。

お客様は何に対してお金を払うのでしょう?

それは一言で言うと「価値」に対してお金を支払います。

この価値とはいろいろあります。
プランニングの価値。
仕事をする職人の価値。
価格に対する価値。
満足感に対する価値。

それは人様々で違います。

しかし、今お話した価値はすべて結果論です。
どういうことかというと、仕事を終了し、完了してすべてが分かること。

つまり、契約をした時点ではまだ分からないこと。
判断できないことだということです。

私はお客さんが決めるのは、提供する人間の価値に対して、
お金を支払うんだと思います。

契約までに、お客さんと対応する人間の価値がすべてを決める。
と言っても、過言ではないと思うんですね。

その価値を信じるからこそ、契約してくれるし、提供されるすべての
クォリティを信じることができる。

であれば、商売をするときには、どれだけ自分の価値を相手に
納得させることができるかがすべてと言えないだろうか?

逆に言い換えれば、自分の価値を納得できない人、
認めてくれない人とは商売はできない。

そして、契約を決定するポイントとして、担当者の価値を最重要視をする
お客様としか付き合ってはいけないということではないだろうか?

では、価値とはなんだろう?

泥臭い言い方だけど、それこそ、その人の「生き様」だし、「魂」だと思う。
そこに感動してくれる人は、価値を見出すことができると思う。

商売に、「生き様」とか「魂」を映し出すことは、金儲けだけでは絶対できない。
金儲けも大事だけれど、自分の商品を提供することで、
どれだけお客様の幸せを考えられるか?

そのことを最優先させることであり、
そこに最上の喜びを感じなければならない。


2007年03月15日

セールスの真髄を見た。

山本です。

昨日、高知が全国の新聞のトップニュースになってしまいました。
大阪ー高知間のボンバル機の着陸事故がそれです。

午前11時くらいでしたでしょうか?
情報番組を中途打ち切って、高知龍馬空港が生中継されている。
大阪から高知に向かった飛行機の前輪が、何らかのトラブルで
降りなくなっているらしい。

これから、胴体着陸を試みるという。
飛行機は上空を2時間以上も旋回しながら、燃料をを減らし、機体を軽くし、
滑降をしていこうとしている。

もちろん胴体着陸なので、機体と地面の摩擦により、火花が生じ、
それが燃料に引火すれば、大惨事につながってしまう。
地上には、多くの消防車と救急隊が待ち構え、息を呑んで滑降を待っていた。

機長の技術は卓越していて、何とか無事に機体は止まった。
まさに、生死をかけた瞬間だった。

その中継を見ながら、私はさぞかし機内の乗客はパニックに陥り、
恐怖の時間を過ごしたことだろうと想像した。

着陸後、無事を確認し、乗客にインタビューされている。
案外と乗客は落ち着いた顔つきをしている。

そして、インタビューに答える人々が口々にしていた言葉が衝撃的だった。

確かに不安はあり、ある意味覚悟を決めざるを得なかったが、
それ以上に機長の機内アナウンスによって、励まされ、
安心感を覚えたという。

一体機長はどんな言葉で、乗客の不安を取り除き、
安心感を与えることができたのだろう?

聞くと、そういったときに機長には説明責任はあるものの
マニュアルは存在しないという。
つまり、機長のスキルによりけりだということだ。

人は自分の判らないこと。そして、不安に思うことに対して、
懐疑的になってしまう。

その懐疑的な気持ちがいっそうの不安を掻き立てる。

その不安な気持ちをすべてを知り尽くす、プロがプロとしての
説明責任を果たしてくれれば、これほど安心なことはないと思う。

ましてやプロだからこそ、そして、経験があるからこそ
その不安材料をより多く知っている。

また、その不安を打ち消す術も知っているだろう。

少し話がそれるかもしれないが、今やたら国会で、
この説明責任が取りざたされている。

大臣が何か問題や不祥事を起こしたのではないかと
疑惑に立たされたとき、彼らはその説明責任を果たそうとする。

暇があれば、国会中継やニュースで彼らの発言を聞いてもらいたい。

ほとんど自分への言い訳や、身内をかばうことばかり。
本当に知りたいと思っている人達のことを考えている発言とはお世辞にもいえない。

また、説明をしているときのあの態度。思わず、画面にコンパチを
入れたくなるのは私だけだろうか?

どこかの役人か秘書に書かせただろう書面をずっとうつむいて読んでいるだけ。
あれが国の代表、私たちの代理人かと思うと選んだ自分が情けなくなってしまう。

人間は心の動物ですね。
言葉を喋れ、心のふれあいができる動物です。

人間が人間として当たり前のことをできると、
人の心をとらえることができます。

それはビジネスでもしかり。

今回の事故はその真髄を教えられた気分です。

2007年03月09日

自分は自分。

山本です。

このHPを立ち上げてから、もう2年近くになりますが、
よくこんな質問を受けることがあります。

それは、
「リフォームのお客さんがこのHPを見たら、電話が掛からないのではないですか?」
とか、
「倒産、夜逃げ。イチローの打率並みの利益。これやばくないですか?」

いろいろ言われました。
私もそう思っていました。
もちろん、リフォーム工事を依頼したくて、私のHPをご覧になり、
問い合わせを見合わせた方もたくさんいらっしゃるでしょうね。

ところが、そうではない人が意外と多いんですね。
HPには、アクセス分析を入れておりますので、
何県からの閲覧があるのか分析することができます。
高知県からの訪問はほとんどありません。

今まで、お客さんから、HPを拝見しました。という声をたくさんいただいています。
そのとき、「あのHPを見ていただいて、それでも私でいいんですか?」と、
尋ねると、「構わないから電話したんですよ。」とか、「余計に気になりましたよ。」
と言うご意見をたくさんいただいた。

なんか不思議な気分でした。
そのほとんどのお客さんが、私のHPのブログとかを読んで共感をしてくれたらしい。

「山本さんの人間性がよく出ていますね。チラシの通りですね。」と。

不思議なもので人間は、しょせん自分を隠すことはできない。
いや、隠す必要なんてどこにもない。

自分を自分らしく、いかに伝えるか?
それが最も重要なことで、そこにお客さんも共感する。

自分をさらけ出して、自分の生き方までを語ることができれば、
きっと認められるだろう。

ちょっと、びっくりした話があります。
先日、「山本塾」のクライアントさんから、実践報告を受けたのですが、
そのメールの一部分を紹介しますね。

この方は、55歳の方なのですが、50歳以上の人にターゲットを絞り、
55歳だからこそ、同世代の人の考え方が分かる。
同世代の方だからこそ、お役に立てる。と、自分の生き様をさらけ出した。

そんな「人間性」を訴えたチラシを折り込んだんですが、
すごい電話が掛かってきたらしい。

ここから

今回増配布地域のお年寄りのおばあさんからのTELでした
「町会議員に立候補してはどうか?チラシをみてTELしました
チラシの文章も内容も本人の顔写真も、人相もいい
仕事は人に任せて、立候補してみないか?」
(春の統一地方選挙の影響か、そんな目線でチラシを見る人もいるようです)
     
チラシを見る人の目線や絞り込みの大切さがこのことなんですね。


ここまで。

すご過ぎ・・・。


2007年03月01日

情熱を持って、今を生きる。

山本です。

人生の中で一番大切なものは何ですか?
という質問をされたとしたら、迷わずこう答えます。

それは「情熱」です。

いろいろな大事なこと。大切な言葉はたくさんあります。
でも、何よりもこの「情熱」という言葉が底辺に流れているような気がします。

生きていく過程の中で、ありとあらゆることに、
この「情熱」を持って生きていかなければならない。
そんな気がします。

では、この情熱とはいったいなんでしょうか?
それは、「熱い心」であり、「やる気」だと思います。
これを失ってしまっては何事も失われてしまいますし、
気力だって続きません。

昨日、高知で全国のリフォーム店の有名な社長が集まって勉強会を開きました。
3月に一度、全国のいたるところで集まって、定期的に開催しているのですが、
本当にすごいメンバーです。

世の中にはすごいノウハウやテクニック、そして、業績を上げている方は、
たくさんいます。星の数ほどいるでしょう。

でも、ここまで情熱を持っている人は何人いるだろう?
いや、確かに情熱をもっている人はたくさんいるかもしれない。
大切なのは、何に情熱を注いでいるのか?ということ。

業績に命を欠けて、情熱を燃やしている人もいる。
それも大切なことだと思う。
でなければ、成功することはできないし、お金儲けもできない。

でも、ここに集まったメンバーはそれだけではない。
言葉にするのはとても難しいけれど、
一言で言えば、「生きることそのものに情熱がある。」

生きていることすべてに情熱を注いでいる。

これは、すごく大雑把な言葉かもしれないし、
適切な表現ではないかもしれない。
でも、彼らにはそれを感じざるを得ない。

生きていること、すべてに情熱を注ぐ。これをどうして感じることができるのか?
私なりに真剣に考えてみました。
すると、たった一つのことに行き着きました。

その答えはとてもシンプルで簡単なことでした。

彼らはまさしく「今を大切に、瞬間にすべてのぶつけて生きている。」

これが答えでした。

今生きている瞬間を大切にするということは、
これから未来すべてを大切に過ごすことにつながる。
今の瞬間を大事にしなければ、当然明日につながらないから。
そして、今の瞬間を大切にしているということは、
今まで生きてきた過程があるから今につながっている。

なんか変な言葉になってしまいましたが、
今生きている「瞬間」を情熱的に、大切に、
自分のもてるすべてをぶつけることのできない人は、
今までもできていなかっただろうし、
これから先もできるはずはありません。

いつかやる。明日から。来年こそは。
と言い続けているうちに死んでしまうでしょうね。

自分の未来を輝くものに変えたいのであれば、
今この瞬間を情熱を持って、自分のもてるすべての力を
ぶつけて大切に生きていくことが、すべてにつながることでしょう。